メンタルトレーナーの授業において、夢と目標の話があった。

 

夢というのは、いつまでに、という期限がなく、無責任なものでいい。

つまり、際限なく、あれやこれやと妄想すればいい。

夢を語るというのはとても大事なことだ。

なぜなら、叶うか叶わないかは別として、夢を語ることには、

「自分がどんな生き方をしたいか」

その質が含まれているからだ。

 

例えば、ブロードウェイの舞台に立って、たくさんの人を楽しませたい。

という夢は、その人が、人を楽しませるような人生を歩みたい、という生き方の質が見えてくる。

 

お医者さんになって、たくさんの命を救いたい、という夢は、

自分の技術で人を助けたい、という生き方の質が見えてくる。

 

オリンピックで金メダルを取って、たくさんの人に感動を与えたい、という夢は、

自分が頑張ることで、たくさんの人を勇気づけたい、という生き方の質が見えてくる。

 

大人になって現実を知れば知るほど、ついつい夢を現実的に捉えてしまい、

「それは現実的ではない」

という理由で、夢見ることすらやめてしまう。

自分の夢も、人の夢も、同じように、「いや、それは無理なんじゃない」と

否定することから始めてしまう。

 

授業の中で先生が教えてくださった、

「夢を語ることは、自分がどんな風にこの人生を歩んでいきたいか、

その質を語ることだ」

という言葉は、私の心にとても響いた。

 

例えその夢が、夢で終わってしまうことがあったとしても、

目指す生き方の「質」は、きっと残るはずだから。

 

目標は、夢を形にするための具体的なステップだ。

いつまでに、何を、どのようにする。

これを明確にすることで、夢への階段を昇っていく。

この時点で、夢を修正せざるを得ないことがあったとしても、

その生きたい生き方の質は継承される。

そこがブレなければ、人生はきっと豊かなものになる。

 

私は、大学生の頃、ダンサーになりたかった。

でも、精神的な弱さを自覚していた自分は向いてないとその時点では、就職を選んだ。

私がダンサーになりたかったのは、踊っている姿を見て、楽しんでもらいたかったから。

人を楽しませたい。人に何かを感じてもらえる自分になりたい。

人間として成長したい。そういう生き方の質があった。

だからこそ、あの時プロのダンサーという道は選べなかったけど

ダンスを伝えるということ含め、いろいろな仕事を通じて、この生き方の質への探求は今も色あせていない。

もちろん悩みは日々尽きない。壁にもたくさんぶつかる。

でも、そんな自分の生き方は、とても気に入っている。

そして、心は今でもダンサーだと思っている。
(いろいろなことを経て、ようやくそう言えるようになったのだけど。)

日々、心とからだで、「伝える」ことをし続けているのは、

夢の中にこの生き方の質を見ていたからこそ、確固たるものとして自分の中に継承されているからだ。

 

夢を見て欲しい。

壮大な夢を。

そしてその中から、

自分が生きたい「生き方の質」を見つけて欲しい。

 

子供達と関わる中で、強く願う。

少年よ、大志を抱け。

 

shoune
photo : Takako MORI