心のざわめきがなくなるなんてことは
幻想だったのかもしれない。

ざばーんざわざわ

心はいつも何かと刺激を受けて
おしゃべりをやめない。

あーだこーだといつもささやきあっている。
ざわめいている。

それはそうだ。
影響しあって、響き合っているのだもの。
何を見ても聴いても触れても
からだや心が反応するのは当たり前のこと。

その感じ方を選択するのは自分のセンス。
心地悪い感じにフォーカス当て続けるなら
それは心地悪くてたまらない生活だし
心地良さにフォーカスするなら
それはまた、心地良い生活になるだろう。

からだと心は反応し続けている。
それが止まることはない。
どの感覚を拾うかはその人の自由でありセンス。
センスの良い生き方と感じる人がいる。
彼らのフォーカスのセンスの良さが
生き方に現れているのかもしれない。

私は、気持ち悪いところを早く安定させたくて
気持ち悪さから早く解放されたくて
それ故に、すごくそこにフォーカスしてしまう時がある。答えらしきものを見つけ安心する。でも、結局楽になるのは一時的で次なるざわざわにフォーカスが行くだけなのだけど。

でもそうか。
ざわざわは常にあるんだ。
それを良しとするのが
人間の器なのかもしれない。
ざわざわも一緒に置いておける。
それでも日々を朗らかに生きていける。
それがずっと憧れだった。

ざわざわはあっていい。
それはいつもある前提で
何を選び、何にフォーカスを向けるのか。
そう思うと
自分のセンスを試してみたくものですね。

さぁ、これから5名さまとのセッションです。
今日もじっくり
楽しみます。楽しみましょう。