ダンスとの出会い。

 

元々からだを動かすことが大好きでした。

 

小学校のレクレーションで踊るジンギスカンや

夏の風物詩の盆踊り、運動会で踊るチアダンスなど

とにかく音楽に合わせて動くことが大好き。

 

中学生になると、アイドルの振りマネに目覚め

ビデオを擦り切れるほど見ては振付を完コピする毎日でした。

思えば、私のダンス魂はもうすでにここから生まれていたのですね。

高校生になって、友人がバレエ教室に通っていることを知り

私もダンスを習いたい!と強く思いました。

 

それまでは、ダンスを習いに行くっていう発想がなかったのです。

今思うと不思議なんですが。

 

その当時はインターネットがなかったので

タウンページで通学圏内のダンススタジオを探しました。

でも、自分がやりたいダンスがどういうジャンルなのかもわからず。

とりあえず、バレエは小さい頃からやってないとダメみたいっていうこと

だけしかわからなかったので、ジャズダンススタジオに行ってみたんです。

 

16歳の時でした。

 

一つ目の教室は、今で言うオネェみたいなおじさん先生が

太ったおばさまの生徒さんとくねくね踊ってる感じで

いや、これはなにかが違う、と思い、早々に退散。

 

次に行ったスタジオは、

ハスキィボイスでタバコとお酒が似合いそうなファンキーな先生。

来てる生徒さんもいかにもダンサーな感じできらびやか。

ダンスもすごくかっこよくて、うわぁ、こんな風に踊ってみたい!

これがジャズダンスなんだ!と興奮しました。

 

がしかし、ここで問題勃発。

 

なにせ親に相談なしで動いていたので

それがバレて、ダンスをやることに反対されてしまうのです。

親としては、いきなりなんの相談もなしに

ダンスなんて全く縁遠かったことに

やる気を見せる娘に戸惑ったのだと思います。

 

部活もあるし、勉強もあるし、今やらなくてもいいんじゃない?

と、初めて反対されたのがダンスでした。

 

今思うと、この両親からの反対があったのが

逆になんで自分がダンスを求めているかと向き合う大切な時間でした。

 

当時の私は人間関係が不器用すぎて

自分を表現することに飢えていたのだと思います。

これが私、と言えるものが欲しかった。

そして、ダンスに、その活路を見出したのでした。

 

親に泣きながら反抗したのは、

後にも先にもこれだけです。

父も母も、私の中に切実な思いを見つけたのだと思います。

ダンス教室に通うことを許してくれました。

 

その後、見つけたダンス教室で

私はじゅんこ先生との運命の出会いをします。

 

見学に行った日。

最初から最後まで、飽きずにずっとレッスンに見入りました。

そして、翌週から、週に1度のダンスレッスン通いが始まり、

あれよあれよとダンスの面白さに目覚めるのでありました。

 

毎日楽しく、学生生活を送っていたら

ダンスには出会ってないと思います。

自分をうまく表現できず

苦しい日々があったからこそ

学校の外に世界を求め

ほんとの自分の心の叫びを

からだで表現する方法を見つけたい一心で

神様が与えてくれたのがダンスだったんだな、と。

 

ダンスを始めたことで

逆にたくさんの悩みを抱えることもありました。

私にとって、ダンスを向き合うことは

自分と向き合うこととイコールで

いつも、あなたは本当は何がしたいの?

と問いかけられる存在なので。

そこから逃げるように、

ダンスから足が遠のいた時期もあり

もう私の中では

終わったことにしようとしていたこともありました。

 

でも、やっぱり、私にとって

踊ることがそのまま人生の喜びと直結し

生きてることを実感するものであることは

隠しようもない事実で

形にこだわらず

それを心から楽しみたい。

ようやく、それを、手放しで言えるようになりました。

 

本当に大切なことは

それを失った時の悲しみや

それによって傷付くことの怖さから

どうしても、臆病になってしまうものです。

 

でも、たくさん回り道してきた今は

ダンスとまっすぐ向き合うことが

心地よいと感じます。

ダンスを通じて

たくさんの人に出会い

一緒に踊る喜びを共有すること。

 

そして、からだを使って生きることが

自分をもっと好きになれる秘訣ということを

だくさんの人と共有したい。

 

そんな風に思います。

まだまだ理想の踊りとは程遠いですが

 

少しずつでも

成長していけるように。

 

これからも

ダンスとともに

からだとともに

生きていきたいです。