Chi-Labo

自分が真ん中にある生き方

今日の松藤邸までの道のり。

とても清々しい。
私は今日、かつてないほど理想的な朝を迎え、あぁ、これが良い感じの朝なんだな、と実感した。

ひとつひとつに丁寧に意識を向けることができて、ストレスなく物事が進む。

心の中の葛藤がなく
自分が真ん中にいる感覚がある。

自分を何より一番に考えていい。

このことにフォーカスして過ごしたハワイ島からのこの2週間が、私の思考パターンを大きく変えた。

自分を尊重出来ると、相手も自然と尊重でき、自分の自由を認めると、相手の自由も尊重出来る。そんなストレスフリーなサーキュレーションが生まれているように思う。

そうしてみると、自分を抑えて相手に合わせることが相手を大切にすることだ、とどれだけ思い込んで来たかがよくわかる。

そして、今までいかに、自分が自分を優先させることに嫌悪感を抱き、相手をまずは喜ばせてから、自分のことを考える、もしくは考えない、という優先順位を当たり前と思い込み、自分を抑圧してきたかがよくわかる。

そうすると、相手の幸せを願っているつもりでも、相手が心地良さそうに自由にのびのび生きていると何故かとても虚しい気持ちになったり、寂しい気持ちになったり、イライラしたり、ムカついたり、悲しかったり。

なぜなら、自分が自分に心地良く自由にのびのびして生きることを許してあげられてないからなんだけど。

当時の私はそれがわからず、そんなことを思う自分がとても悪い人のように思えて自分を責めてまた自分を許せなくなる。

30代半ばまで、そんな救われないサーキュレーションを繰り返してきたな、と改めて思う。

満たされない自分を抱えたままだと、何をしていても、心はいつも不安や恐れ、怒りや悲しみに支配されてしまう。

自分を一番に考えてあげられず、自分に自由であることを許していない状態のまま、人との関係を紡ごうとすると、相手の行動にも許せないことが増えて、いつも心が葛藤している状態になる。

それはとても消耗する生き方。

そんな生き方はもういやだ。

ちょうど2014年の年末あたりにそんな生き方に限界を感じ、そこから本当の意味で癒されたい、と願うようになり、自分を大切にしながら、人も大切に出来る生き方を模索し始めたように思う。

そして、今。

その生き方を教えてくれるたくさんの人との出会いを通じ、

私はようやく、生きたかった生き方はこんな感じだったことを思い出したように思う。

それは私の中に、既にあった。

でも、それがなかなか思い出せなかっただけ。

でも、思い出せたらもう大丈夫。

忘れてしまうことがあっても、

思い出せるアイコンは目の前に溢れている。

ハワイ島で、Kumが教えてくれた。

私達は、目の前にある、海や山、空、などの自然と毎日会話します。

そして、いろんなことを教わります。

目の前にある全てのことはメッセージ。

ユーミンもかつて歌っていた。

これは真実。

この心地良さをいつも思い出せるよう、

目の前のメッセージをいつも受け取りながら。

これからも、歩く。

歩きましょう。

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