Chi-Labo

光の当て方は自分で選べる

ここ何か月か、あえて見ないようにしていたことがあります。

その事を考えると、ちょっと不安定になりそうな自分を感じていたので、

ここはあえて深くは見ないという選択をしておこう、と。

 

以前はそういうことが出来なくて、自分の中で問題だな、と感じることが出てくると

その都度立ち止まって、ぐいぐい深堀りしては撃沈していました。

時が来れば自然と治る傷口も、

早くかさぶたを取って、表面上はきれいにしてしまいたい症候群がむずむず。

でも傷の中身はまだ完治してないからね。

さらに治りにくいかざぶた作ってこじらせるようなことを

ほんとによく繰り返していました。

 

数秘術で言うと、私は11で2の数字なのですが。

2というのは、光も暗闇も両方見れる性質があり、客観性を持つ数字、ということを学びました。

光も見れるけど、暗闇もしっかり見える。

と言いつつも、人は不安になると暗闇ばかりを追いかけてしまう性質あり。

バランスが良い時は、光と闇もうまく共存しているけれど、

バランス崩すとまぁ暗闇しか見れない笑

私もまさしくそんな感じで、暗闇をキャッチしては、そこにはまりこんで光が見えない。

そのまんま「2」じゃんね。

っていうことが腑に落ちた時。

あぁ、光も闇も客観的に見えているのなら、

どっちの側面に光を当てるかは自分で選んでいいのだな、ということにようやく気付きまして。

もともと持ってる傾向として、調子崩すと闇に光を当てやすいってことがわかり、

それなら、あえてそこ見ないでおきましょか、という選択をしてもいいんだな、と思えたことは、

私にはとってもありがたい視点でした。

 

なので、今回は思う存分、闇の存在を知りながら、闇に光を当てずに生きました。

普段より、心が軽く、ストレスフリーってこういうことか、と。

いつもよりバイタリティが出て来て、

心とからだが一致してる心地よさが常にある感じ。

 

そして今日。

そろそろ少し、闇と思っていた部分にも光を当ててみようかな、と。

ふと思えるようになり、

今度は一人で乗り越えようとせずに、

人のサポートをたくさん借りよう、って自然と思えました。

今までの私だったら、一人で全部解決しようとしてしまうところですが、

自然と、人の助けを借りたいな、と思えるようになりました。

 

何事も、物事が動くにはタイミングがあります。

そのベストなタイミングを待つ。

光をみながら待つ。

それが、流れに乗るということにもつながるのかもしれない。

 

このひとつひとつのプロセスが、私にとってはとても重要で、

少しずつ、変化している自分を感じ、

なんだかとてもうれしかったのです。

 

肩の力がひとつ抜けた今日でした。

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